それは、梅雨の晴れ間の蒸し暑い日のことでした。洗濯物を干そうとベランダに出た私は、エアコンの室外機の上に、見慣れない灰色のお椀のようなものが鎮座しているのに気づきました。恐る恐る近づいてみると、数匹のアシナガバチがその上で蠢いています。巣だ。それも、手の届く、絶好の位置に。その時の巣の大きさは、直径にして7~8センチほど。働き蜂の数も10匹いるかいないか。インターネットで調べた「自分で駆除できる条件」に、ぎりぎり当てはまるサイズでした。業者に頼めば一万円以上はかかる。自分でやれば、スプレー代の千円程度で済む。その安易な計算が、私の挑戦心を煽りました。私はその日のうちにドラッグストアへ走り、蜂専用の殺虫スプレーを二本と、厚手のゴム手袋を購入。家にあった白い雨合羽と長靴、バイク用のゴーグルとマスクで即席の防護服を作り上げました。そして、決行の夜。日が完全に沈み、家族が寝静まった午後10時、私は静かにベランダに出ました。心臓は、これまでにないほど激しく鼓動しています。赤いセロファンを貼った懐中電灯で巣を照らすと、蜂たちは身を寄せ合うようにしてじっとしていました。風上に立ち、三メートルほどの距離から、私はスプレーの噴射ボタンに力を込めました。シューッという轟音と共に、白い薬剤が巣に直撃します。その瞬間、数匹の蜂が羽音を立てて飛び出しましたが、薬剤を浴びてすぐにポトリと地面に落ちていきました。私は夢中で、スプレー一本を丸々使い切るまで噴射し続けました。巣が完全に静まり返ったのを確認した時、全身からどっと汗が噴き出し、足が震えていることに気づきました。翌朝、残骸となった巣をゴミ袋に回収した時の達成感は、今でも忘れられません。しかし、正直に言えば、それは恐怖と隣り合わせの、二度とやりたくない経験でした。この体験は、私に一つの教訓を与えてくれました。それは、専門家がいるのには理由がある、ということです。お金で安全が買えるなら、それに越したことはないのだと。
私がアシナガバチの巣を自力で駆除した日