五月に入った頃からだっただろうか。我が家の小さなベランダに、毎日同じアシナガバチがやってくるようになった。最初は一匹。ブーンという羽音を立てて、物干し竿のあたりをゆっくりと飛び回り、やがてどこかへ去っていく。その姿は、まるで物件の内見に来た不動産業者のようだった。私は、洗濯物を干すたびにそのハチの姿を探し、少しの恐怖と好奇心でその行動を見守っていた。数日が過ぎ、私はハチが特にエアコンの室外機の裏側に興味を示していることに気づいた。まさか、こんな場所に。意を決して、少し離れた場所から鏡を使って室外機の裏を覗き込んでみると、そこにはまだ五百円玉ほどの大きさの、作り始めの巣があった。女王蜂がたった一匹で、健気に巣作りをしていたのだ。私は悩んだ。このまま放置すれば、夏には大きな巣になり、ベランダに出るのも危険になるだろう。しかし、たった一匹で子育ての準備をするその姿に、どこか心を動かされるものがあった。私は、共存ではなく、穏便に立ち退いてもらう道を選ぶことにした。インターネットで調べ、ハチが嫌うという木酢液を購入。水で薄めてスプレーボトルに入れ、女王蜂が餌を探しに出かけた隙を狙って、室外機の裏と巣に、たっぷりと吹きかけた。翌日、女王蜂は戻ってきた。しかし、巣の周りをしばらく飛び回った後、明らかに嫌そうな素振りを見せ、どこかへ飛んでいってしまった。その翌日も、その次の日も、彼女がベランダに姿を見せることはなかった。私は小さな巣を棒で落とし、これで一件落着だと胸を撫で下ろした。毎日来る訪問者がいなくなったベランダは、少し寂しい気もしたが、安全には代えられない。あの一匹の女王蜂は、今頃どこかで、新しい安住の地を見つけているだろうか。アシナガバチとの短い攻防は、私に自然との距離感を考えさせる、貴重な体験となった。