平穏な日常がある夜、一瞬にして崩れ去りました。仕事から帰り、静まり返ったリビングの電気をつけた瞬間、ソファの裏へと素早く逃げ込む一匹の黒い影を見たのです。サイズからして明らかに成虫でした。私はパニックになりながらも、殺虫剤を手に取り、格闘の末にその一匹を駆除することに成功しました。一息ついた後、私の頭をよぎったのは「一匹見つけたら三十匹はいると思え」という不吉な言い伝えでした。マンションの五階に住んでいるし、普段から掃除には気を使っているつもりでした。しかし、その一匹がどこから来たのかを必死で考え、家の中をくまなく点検し始めたとき、自分の甘さを痛感することになりました。まず、エアコンの配管を確認したところ、壁の穴を塞いでいたパテが経年劣化で剥がれ、外気が入り込むほどの隙間が開いていました。さらに、キッチンのシンク下を開けてみると、排水ホースが床に突き刺さる部分に、指が入るほどの空間がありました。ここは暗くて湿気があり、下水道からの熱気も伝わってくる、まさにゴキブリにとっての高速道路のような場所です。私はその夜、一匹のゴキブリを駆除しただけでは終われませんでした。夜通しで家中の隙間を粘土パテや隙間テープで塞ぎ、これまで一度も動かしたことがなかった冷蔵庫の裏側を掃除しました。そこには、いつの間にか落ちていた野菜のクズや埃が溜まっており、彼らにとっての餌場となっていたのです。一匹の成虫が現れたという事実は、私の家の防御壁がどこかで決壊しているという明確なサインでした。もしあの時、一匹だけだからと無視して寝てしまっていたら、数ヶ月後には数え切れないほどの幼虫に悩まされていたかもしれません。結局、その後一週間、家中を徹底的に監視し、あちこちに捕獲トラップを仕掛けましたが、新たな個体が見つかることはありませんでした。あの一匹は、おそらく劣化したパテの隙間から迷い込んだ単独の侵入者だったのでしょう。しかし、そのおかげで私は自分の家の死角を知ることができました。今では、月に一度は必ず配管周りを確認し、段ボールは即座に処分することを習慣にしています。あの不気味な一匹との遭遇は、私にとって清潔で安全な住まいを維持するための、手痛い、しかし必要な授業だったのだと今では思えるようになりました。