それは、私が今の家に引っ越してきて初めての夏のことでした。最初は、一日に一匹か二匹、どこからか迷い込んできたハエを見かける程度でした。しかし、お盆を過ぎたあたりから、その数は明らかに増え始め、気づけばリビングでくつろいでいる時も、キッチンで料理をしている時も、常に数匹のハエが視界のどこかを飛び回っているという、悪夢のような状況に陥ってしまったのです。私のハエとの長い戦いは、まず、最も一般的な武器である殺虫スプレーから始まりました。しかし、敵はあまりにも数が多く、一匹仕留めても、すぐに次の個体が現れます。スプレー缶は瞬く間に空になり、部屋には薬剤の匂いが充満するだけで、根本的な解決には至りませんでした。次に試したのが、昔ながらのハエ取り紙です。天井からぶら下げた粘着テープは、確かに数匹のハエを捕獲してくれましたが、そのおぞましい見た目が、私の精神をさらに蝕んでいきました。このままではノイローゼになってしまう。そう感じた私は、戦術を根本から見直すことにしました。敵を倒すのではなく、敵の弱点を突く。インターネットでハエの生態を徹底的に調べ、私はついに、我が家の問題の核心にたどり着いたのです。原因は、ベランダの隅に置いていた、蓋のない生ゴミ用のバケツでした。夏野菜の収穫で出た大量の皮やヘタを、つい面倒でそこに溜め込んでいたのです。恐る恐る中を覗くと、無数の白い幼虫、つまりウジがうごめいていました。全ての元凶はここだったのです。私はすぐにそのゴミを厳重に密封して処分し、バケツを熱湯と洗剤で徹底的に洗浄しました。さらに、ハエが嫌うというハッカ油のスプレーを作り、網戸や玄関に毎日吹き付けました。効果は劇的でした。発生源を断ち、忌避剤でバリアを張ったことで、あれほどしつこかったハエの数は、数日後には嘘のように激減したのです。そして一週間後、ついに家の中で一匹のハエも見かけなくなりました。この戦いは、私に教えてくれました。敵の姿だけを追うのではなく、その敵がなぜそこにいるのか、その根本原因を探ることの重要性を。ハエの弱点を知ることは、私たちの生活そのものを見直すきっかけにもなるのだと。
我が家のハエとの長い夏の戦いの全記録