築年数が三十年を超える木造の一軒家に住み始めて数年が経った頃、私は夜のキッチンで初めてヤモリの姿を見かけました。窓ガラスの外側に張り付いているのは見たことがありましたが、室内を素早く走るそのシルエットに、最初は驚きと戸惑いを隠せませんでした。しかし、ヤモリは家を守る神様だという祖母の言葉を思い出し、むやみに追い出すこともせず、そのまま共生することを選びました。その時はまだ、なぜヤモリが室内まで入り込んできたのか、その本当の理由を知りませんでした。数日が経ち、夜中にふと目が覚めてリビングの電気をつけた瞬間、私はヤモリが小さなゴキブリを口にくわえて壁を登っていく姿を目撃しました。その光景は衝撃的であり、同時にこれまで感じていた違和感の正体が繋がった瞬間でもありました。最近、掃除をしてもどこからか現れる小さな黒い粒状の糞や、台所の隅を素早く横切る影に悩まされていましたが、ヤモリはまさにその元凶であるゴキブリを狩るために、私の家に住み着いていたのです。ヤモリがいるということは、私の知らない場所でゴキブリが確実に繁殖しているという事実に他なりませんでした。ヤモリの愛らしい姿に癒やされている場合ではないと気づいた私は、本格的なゴキブリ対策に乗り出すことにしました。まず、キッチン周りの隙間という隙間を点検し、古くなった目地や配管の周りの穴をパテで埋めました。さらに、家具の裏側や冷蔵庫の下など、普段掃除が届かない場所に強力な食毒剤を設置しました。作業を進める中で、段ボールの隙間や古い雑誌の束からゴキブリの卵を見つけた時の戦慄は忘れられません。徹底的な清掃と駆除を続けて一ヶ月が経った頃、あんなに頻繁に見かけていたヤモリの姿が、ぷっつりと途絶えました。家の守り神がいなくなったことに少しの寂しさを感じましたが、それは同時に、家の中にヤモリが食べるべき餌、つまりゴキブリがいなくなったことの証明でもありました。ヤモリは自らの姿を見せることで、私に家の衛生状態の悪化を知らせてくれていたのです。今でもベランダの外側にヤモリがいるのを見かけることがありますが、彼らが室内に入ってこない現在の状態こそが、家として健全な姿なのだと理解しています。ヤモリは私にとって、不快な害虫の存在を教えてくれる無言のアドバイザーであり、住まいを清潔に保つことの重要性を再確認させてくれた恩人ならぬ恩獣でした。